Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “出遅れの野分?”
 


暦の上での冬も来たりて、
朝晩の冷え込みも随分と深くなり。
そろそろと息が白くなろう、霜も降りようよというのが、
話のネタへ上がり始めた頃合いだというに。

  昨夜は更夜に 途轍もない大風と豪雨が襲い来て。

時折大きくなる雨脚や風の唸りが、
ほぼ一晩中、延々と続き。
年季だけならどこのお屋敷にも負けないあばら家のそこここが、
そんな自然の猛威にあって、
今にも崩れそうな勢いでぎしぎし軋む音がし続けて。

 『ああ、そりゃ大丈夫だぞ。』

見かけによらず頑丈な家だと嘯
(うぞぶ)いた蛭魔だったのへ。
それってもしかして、
今まで無事だったんだから明日も無事だろうなんていう、
しめ鯖の傷みようと一緒みたいな安請け合いじゃあないでしょねと。
このところ微妙に頼もしくなって来た瀬那くんが、
この手の話だけは譲れませんという威勢でもって、
お師匠様へ詰め寄ったほど。
まさかにそれへ怖じけたワケじゃあなくっての、

 『だから。
  俺だって寝起きしている館なんだ、
  そこんところは目配りもしておるさ。』

宮廷の保全を担当している工部の知己である、
あの武蔵さんが 時折傷みようを見に来てくれているそうだし、
蛭魔自身もまた、
この地の地脈や何やを集めることで、
屋敷の屋台骨を支える効果のある咒を張っているという話。

 『まま、そっちは俺がいてこその効果ではあるが。』
 『そうですか、それで人が住まない家は傷みが早いというのですね。』
 『……それとこれとはちょいと違うぞ。』

まだまだ子供の気配の濃い作りの小さな両手、
納得しましたと ポンと打った書生くんの言いようへは。
思わず訂正の突っ込みを入れたお師匠様だったの、
言うまでもなかったが。
大丈夫でしょうか、お弟子さん。
(笑)
それはともかく…。

 「うあ〜。凄いな、これって。」

そこもまた秋口の野分とお揃いか、
凄まじいまでの嵐だったのに、通り過ぎた後の空がまた、
磨きあげられたような眩しい青で塗り潰されていて。
あちこちの蔀
(しとみ)や木戸を開けて回りつつ、
そこから仰いだ空の晴れように“わあ”と喜んだのも束の間のこと。
宴の場としたり、そぞろ歩きの散策も出来るというよな、
庭園と呼ぶほどもの本格的で広大なそれじゃあないけれど。
それでも当家で一番に広い大広間の、
濡れ縁を添わせた間口以上の長さはあるぞという、
かわいらしいお庭のそこここに。
色づいてこそいたけれど、まだまだ瑞々しかった楓や、
丈夫なはずのサザンカ、金木犀までという、
紅蓮や緑が取り混ざった落ち葉たちが。
新種の群生、そういう茂みかと思わせるほどぎっしり固まって、
濡れた足元のあちこちに降り積もっているのが見受けられ。
その惨状に、思わずのこと声が出ていたセナくんだったりし。

 “これって、落ち葉だけじゃあなさそうだ。”

既に落ちていたそれが ただ吹き飛ばされたもののみならず、
あまりの風の強さに耐え兼ねて、
枝から千切られたものも多々ある模様。
木枯らしには耐えられても、途轍もない降り方をしていた雨も一緒では、
それまで乾いていた中にあった彼らには、
急変へ追いつくことも出来ぬまま、
無残にも手折られてしまったものと思われて。
暖かな秋だったせいか、
早めに咲き始めていた小ぶりの椿もぐっしょりと濡れており。
だがまあ、そちらさんは何とか持ちこたえたらしいのを、
お膝に手を置き、ちょいと腰をかがめる格好、
どれどれと確かめていた書生さんへ、

 「おお、随分な騒ぎだったようだの。」
 「あ、お師匠様。」

濡れ縁まで出て来た金髪痩躯のお館様。
正に今の今、起き出したのか、
小袖に狩衣を羽織っただけという恰好で、
欠伸混じりに辺りを見回しておいで。
それへと“おはようございます”とご挨拶しつつ、
たかたかと傍らまで寄ってったセナくん、

 「昨夜は大層な物音もしましたから、
  ボクもなかなか寝付けませんでした。」

急なことだったので、
野分のための対処のようなことも手掛けてはなくて。
木の枝や屋根を叩いては荒れ狂う、激しい風雨の物音のほかにも、
あちこちで瓦が落ちる音や矢来が軋む音、
桶が転がる音やらが聞こえて、と。
今しもそれが襲い来るかのように、
ふるると小さな肩を震わせ、怖かったと言うセナであり。

 「そうか。くうが空の宮へ戻っててよかったな。」

まだまだ幼い天狐さんだから、
そんな大騒ぎは、
音とそれから木々や精霊たちの気配とまでもを感知してのこと、
ずんとおっかなかったに違いないと、
そうと言いたかったらしい蛭魔だったのだけれども。

 「…そういう縁起でもない言い方はちょっと。」

確かに、あの小さな仔ギツネさんは、
嵐が来るより前に、
天聖界からのお迎えが来てお空へ戻っていたには違いないが。

 “いや、その言い方も何だかちょっと…。”

天命尽きて冥府か涅槃へ召されたみたい、ですか?
(あ、涅槃は仏教か?)
そこんところは判ってますけれど、
そも、そういう特別な世界の、
しかも 人ならぬ存在なんだからしょうがないでしょうに。
そういうところも成長過渡期だからこそ気になったのか、
うむむと一丁前に眉を寄せ、正そうとしかかった書生くんだったのへ、

 「とはいえ、そこまでの大騒ぎだったのか?」
 「………………はい?」

ほりほりと、白い手を上げ、まとまりの悪い金の髪を指先で掻き回しつつ、
嵐の後の吹き戻しの生暖かい風に満ちた庭先を見回したお館様。
荒れているのは事実と、見て取れてるようながら、
セナくんが寝付けず、仔ギツネさんが怯えたろうほどだった、
そこまでの大騒ぎだったと言われても…と、やや怪訝そうなお顔になっておいで。

 「それは……。」

お師匠様は たんと肝が座っておいでで、
天を衝くほどもの大きな邪妖や、ぎらぎらと濡れ光る鋭い刃を構えた鬼でも、
胸を張り、せせら笑って相対すほど、
人並み外れた怖いもの知らずでもおわすから。
どんなに大きく大騒ぎなそれであれ、
雨風の音くらいでは動じなかったのでは…と言いかけて。


  「…………………あ。///////////」


ふと。
何かに気づいたらしい書生くん。
大きな瞳をパチパチっと瞬いたそのまんま、
さあっと、いやいや かあっと、かしら。
ほわほわな柔らかい頬を真っ赤に染めると、
急に あわわと慌てふためきつつ、
庭先から庫裏の方へと駆け戻ってゆくではないか。

 「???」

何だなんだ?と、こちらさんは切れ長の目元を眇めかけた蛭魔だったが。
頭の次にと、今度は小袖の懐ろにも手を入れ、
ほりほりほりと乾いたところを掻こうとしかかり、
その手を見下ろして……………。

 「あ……。
///////

そこにも覗いた早咲きのさざんか。
そんな“跡”を見ちゃったものだから…真っ赤になったというのなら、
あのお子様にはなかなかの進歩だと、こなれた感慨が襲うより、

 「…くぉら、このくそトカゲっ!
  見えるところに跡つけんなってあれほど……っ!」

こちらさんもまた、妙なところで妙な案配の物差しが働くらしい、
お館様だったらしいです。
(笑)
とりあえず、
別口の嵐の襲来で、今度こそお屋敷が粉砕されませぬように……。






  〜Fine〜  10.12.05.


  *久々に“爆弾低気圧”というフレーズを聞いた荒れようでしたね。
   天気図が台風並みのぐるんぐるんな渦巻きに埋まってて、
   やっぱり変な冬になるのかなぁと、今から戦々恐々でした。


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